こんにちは免許です
これを読んでいる皆さんは意図的に何かを破壊しようとしたことがあるだろうか
何かを、力任せに、破壊することである
世に蔓延する社会規範と照らし合わせたとき、それは非模範的な行動であり一般的には恥である
しかし、本質的には恥ずべきことではない
破壊をするということは生きるということなのだ
人類は破壊と創造を繰り返してここまできた
自然を動物を文化を街を隣人をイデオロギーを
皆さんはこの文章をどこで読んでいるのか
それは数多の破壊の上である
話がデカいと思うだろうか
そうだ、デカい
しかしながら事実である
人は1人では生きられないと言うのなら
二重螺旋に燦然と煌めきながらも築き上げた社会性に抑圧されている「破壊」という人間の本懐を、用済みだと捨て置くのは背信行為である
積み上がった破壊の頂上を一瞥すれば、獰猛なる自分自身の野蛮さと、否応なしに目が合うだろう
では現代人の土俵で話をしよう
効率化を是とするならば破壊も同じである
より大きく早く破壊を行うために人類は進化して恩恵を享受して社会を形成している
破壊を速やかに行うべく生まれた進化
文化創造の礎、進化の原点、理知的な破壊の象徴
それが棍棒であると私は思う


大棍棒展には500にのぼる樹種も形も多種多様な棍棒が展示、販売、即身、実演されている
なんと展示されているすべての棍棒は触ることが可能である、気になった棍棒を握り、獰猛で自然的な浪漫を呼び覚ましてほしい
展示されている中で最大のものは全長3m重量600kgという破格っぷり、人も入れる
この棍棒は人間で世界を殴るために存在している
こんな棍棒みたことない
戦いの器と書いて武器と読むが、こいつに関しては人の器、人器である

棍棒というものは野蛮で暴力的で下品な武器だと思うだろうか、たしかに棍棒は破壊のための道具であり使い方も以下の通りシンプルだ
1.持ち手を掴む
2.対象物に接近する
3.振り下ろし打撃部を対象物に接触させる
素朴で知性を感じない
棍棒自体に複雑な機構も必要としない
これが野蛮たる所以だろうか
確かに野蛮だがそれで破壊の祖たる棍棒を分かった気になるのは甘い、カエデの樹液よりも甘い
大棍棒展の展示品、その面白さは全ての棍棒が木製であるという点である
伐採あるいは倒木、クヌギ・スギ・カシ・サクラ・ヤナギなどなど地球に根ざす生命が本質を保ち、棍棒となっているのだ

どんな棍棒でも一度握れば凄まじい情報量に脳がパンクし感嘆のため息と共に口角は上がり一振りしたい衝動に駆られることだろう
初めて握るはずなのに異常に馴染むのだ
西に元々のカタチを残した自然的な荒々しい棍棒あれば、東には皮を削り芯を研磨した美しく滑らかな棍棒あり
北に神輿のような棍棒あれば、南に慎ましい暴力の化身あり
刺々しい殺意あふれる棍棒とマシンガンのような冗談めいた棍棒が同衾している

握れば木の特徴がありありとわかる
観察すれば年輪の美しさに吸い込まれ、皮の荒々しさに心が研がれる
人工物を凌駕する自然の成長が織りなす美しさと破壊を目的とした獰猛さ、クールな先輩がインナーカラーとピアスバチバチにキメているようなギャップに打ちのめされる
実際に触れて初めてわかる魅力がある
これは行って振るわなければ理解できまい
情報社会は1960年に提唱された
ダイナマイトは1867年に生まれた
ピストルは1400年に生まれた
剣は新石器時代、紀元前1万年に生まれた
では棍棒は?
遥か猿人の時代、700万年前に生まれた
700万年ものあいだ我々人間と歩んだ友を差し置いて、たかだか数十年の社会性というものに破壊の本質を抑圧され誤魔化しているのである
ゲームやカラオケなど、所詮は棍棒の代用品
古代ギリシャ神話の英雄ヘラクレスは棍棒で不死身の獅子を打ち倒し武勇と知恵を示した
僕はパソコンと冷笑で何を成しただろう
みんな疲れていないだろうか
人類、今日はもうデバイスを置き、良く食べて、良く寝て、明日は棍棒を握るべきなのだ
700万年前に得た掌の感覚を思い出し、エネルギーが全身を貫く
ただいま、棍棒

大棍棒展から帰ってきたら再び問いたい
皆さんは意図的に何かを破壊しようとしたことがあるだろうか
無いとは言わせない
